小売店発信のジュエリーブランドが、業界の注目を集めている。カルティエやティファニーを挙げるまでもなく、有名ブランドの大半はショップブランドである。ここ数年の業界内のオーダーリフォームブームも後押しして、自分達で商品を企画し、あるいは制作できる能力を持った宝石店が、次第に目立ってきている。それは画一的なジュエリーに飽き足らずに、オリジナル商品を通して自店の顧客に自分達の感性を訴えたいという願いがもたらした動きだ。
今回はブランドプロデューサーとして、小売発信ブランドの立ち上げをサポートしている卍(まんじ)の江上亮氏に、ブランド開発の経緯を聞いた。
――江上さんの現在の仕事の内容は?
江上 卍という個人会社を作って、ブランドの指南役、プロデュースというカタチで宝石店さんのオリジナルブランドのデザインや立ち上げなどを、お店の好みもありますので、意向を聞きながら、一緒に創っています。
昨年のIJT2009(国際宝飾展)*1では、埼玉Y店と高知H店の2社のブランドを手伝って、初のお披露目をしました。
経済状況も悪く業界的にも厳しい時なので、まずコンセプトをしっかり創らないといけない。世界的に「和」ブームという流れがありますので、「和」をうまく取り入れたブランドにしようと考えました。
どういうブランド名にするか、名前にリンクした商品作りをどういう形にするか、お店と一緒に考えながら、2社ともブランド立ち上げまで2年ぐらいかかっています。
基本の「和」という流れは一緒ですが、考え方が違うので、当然ながらまったく違うブランドになっています。
――それぞれ地元では有力な宝石店さんですが、もともとメーカー卸として全国展開しようという発想から始まったのでしょうか?
江上 宝飾市場全体が縮小していますが、小売屋さんの売上はもっと減っている時代です。地域の市場キャパはある程度決まってますから、そこでどんなに頑張っても、ここまではいくけど、それ以上はいかへんと読めてきますね。売上が限界になってくると、もっと粗利が欲しい、そのためにはオリジナル商品が欲しいという感覚になってきます。
2店とも、もともとは「自店のオリジナルブランドを持ちたい」という話でした。それが創っていくうちに、やはり全国の人に見せたいな、という気持ちになったんです。
自分たちが2年間暖めたものなので、それだけのことができたんちゃうかな、わからへんけどどういう評価されるのかなと。だから1月のIJTに出展が決まったのは、直前の10月だったんです。
結果としてIJTでは、2社とも全国の宝石店から同じぐらいの注文数をもらえました。どちらかに偏らなくて良かったです。1社売上が悪くて1社だけいいと、私も困るものですから(笑)
――IJTでは婚約指輪とマリッジリングだけの発表でしたが、今後は他の分野にも広げていくのですか?
江上 両社とも、集中しないといいものが作れないという考え方ですので、ここ1、2年は当面、ブライダルをもう少し充実させていきたいと思っています。最終的には、ファッションジュエリーにも広げていきます。アイテムとしてはファッションリング、特にクリスマスに売れる商品を、自分たちの感性で作ってみたいという意識は、強く持っています。
あまり急激に広げると、社内の体制がすごく難しいんです。両社とも家族経営なので、売上に応じて人を増やしていく形を考えていらっしゃるんですが、最初から20社30社から注文が入ると対応ができなくなるので、今年は10件ぐらいの取引先開拓が目標ですね。
自分たちの商品を気に入ってくれたところだけと、取引をすればいいんです。押し売りをせずにね。僕もメーカーにいたからよくわかるんですけど、「お宅が扱ってくれないのならあそこの店でやりますよ」みたいな営業は、その瞬間の売上は上がりますが、長く続かないんです。そのスタッフさん、経営者を含めて、「この商品はええわ」という部分がないと特にブランド展開は難しいですね。
2社とも取引先は1県に1店舗と決めています。同じエリアに2店も3店も取扱店があると、あそこが割引したからうちもとか、ブランドイメージが無茶苦茶になってしまう。都道府県数だけ取扱店があれば、それで十分だと思いますよ。
その次に何をするのかということになれば、海外に持っていくのか、違うコンセプトのブランドを作るのか。そこらへんが、今度は大きな分かれ道になっていくでしょうが……。
――小売店発信のブランドが増えることで、日本のジュエリーにどんな変化が起こってくるでしょうか?
江上 今までの日本の宝飾業界はメーカーも小売店も、「あれが売れている」と聞くと皆がそれに飛びついてどこかから仕入れてきて、同じように商品を回しているだけでした。転がしですよね、ある意味。
しかしメーカー商品の漫然と店頭に並べるだけではなく、メーカー機能を持ったところと一緒にデザインを考えたり、何かコンセプトを創っていく宝石店が増えることによって、店もジュエリーもいろんな差別化ができると思うんです。
どこの宝石店に行っても商品が同じと言われている時代ですから、反対にいろんな考え方を持ったメーカーさんが増えることによって、宝飾品事情もヨーロッパに近くなるのではないでしょうか。
職人さんが会社を持っていて、自分の気に入った商品だけ作って、気に入らないものはよそで作ってくださいというような……。
日本の業界もそんなふうに多様化しないと、日本のブランドは世界の市場には出られないと思います。
古くはミキモト、いまは京都の俄さんが海外で名を成してきていますが、世界に進出するブランドが1社2社と増えていかないと、業界的な未来はないと思うので、契約社様がそういう1社になってくれると本当に嬉しいです。
確かに業界の主流はSPA(製造小売)になっていますよね。小売発信のジュエリーが増えるのはいいことですよね。メーカーさんはいやでしょうけど。
でもどこかがいい物を出せば、うちもうちもとなって、競争力を高めていくことになるのが業界的にもいいことじゃないかと思いますね。厳しい時代ですから。どんどん増えたらいいんです。
――地方の宝石店が発信するブランドという発想が面白いですね。
江上 地方も活性化しますしね。地域をどう復興させるか、発展させるかということは、両社とも重視しています。もし自分達のブランドが全国に広がれば、お金は地元本社に入ってきますから、結果的に地域の活性化もできるという発想です。ブランドが大きくなってくれば人も
どんどん雇えますしね。
最初はそこまでの発想はなかったんです。でも今までブランドの立ち上げに携わってきた経験で、ブランド創りは偶然が重なって生まれてくるものだと、私は思っています。
小売店ブランドが地域活性化に貢献するという発想も、いわば偶然の結果ですが、手伝わせてもらってすごく有意義なことだと思っています。
――小売店さんがハード(店や商品)ではなくて、ソフトにお金をかけるのは大変なことですよね
江上 はい。僕は京都に住んでいますから、行くたびに新幹線、宿泊費など負担してくださって、それぞれすごく費用はかけてもらってます。
それ以上に、一からコンセプトを作っていくのは、皆さん大変だったと思います。僕は次にこうしたほうがいいですと、こうしないんですかという部分と、あとこれ江上さんやっといてという部分だけ担当して、実質動いているのは各社さんです。
どっちかというと口だけうるさい江上さんという感覚で(笑)、皆さん我慢してもらっていたと思います。一時期倒れた人たちもいらっしゃいますし……。もうどうしたらいいかわかりませんて。それぞれみなさん喧嘩して、僕も含めて言い合って。最終的にこういう形でできたのはほんま良かったと思いますよ。
――ジュエリーに限りませんが、有名ブランド志向と価格志向とに2極化している中で、小売店オリジナルブランドの決め手は?
江上 何が基本的な付加価値か、自分たちの個性とは何かという言い方をすると、やはりデザインだと思うんです。今、百貨店に行くと、どこも同じブランドばかりです。
宝石店さんに行くと、まだこんなデザインのジュエリーを置いてるの?という店がたくさんありますよね。そういうお店は、自分達でデザインを考えればいいのにと思うんですよ。デザインが良くても悪くてもいいんです。その時代の空気を取り入れていれば。
付加価値や個性がないから、日本の宝飾業界って盛り上がりがないというか、停滞してるんじゃないかと思うんです。あえていえば僕みたいな仕事をする人が増えて、小売店さんのメーカー化が進んでいくと、元気が出てくるのではないでしょうか。
価格の高い安いについては、僕としてはあまり意味がないと思ってます。お客さんのほうが賢くなってるんで、見極めてくれる時代です。10万の価値か1000万の価値があるか、この価格は、この商品やデザインに見合っているかというのは、僕らが判断することじゃなくて、お客様が判断することなんですね。
だから価格を下げるのも、上げるのも、もう少し慎重になるべきだと思います。
地金価格の下落や円高で、ブランドが価格を下げていましたが、ハイブランドは高いとこのままでいて欲しいと思うんですが、ああいうとこが下げてきちゃうと今まで買ってくれたお客様はどうなるのと僕は思うんですね。お客さんの信頼を裏切ってないですか?世界的な規模のブランドが、なんでそんなことしはんのと……。
メーカーさんも地金が下がったからといって、製品価格を下げているところが多いんですが、今まで買った人は損しただけなんでしょうか。地金がある程度価格に反映してくるのはわかっていますけど、それ以外の付加価値っていう部分をつけていかないと、お客様の信頼がなくなるんちゃうんかなと。
――これまでの江上さんのことを聞かせてください。
江上 僕はもともと京都のメーカーさんにいたんです。宝石の加工職人をやりたいって言って入社して、最初販売部門にいて途中から加工に回ったのですが、僕は職人に向かなかったんですわ。まったく何もできなくて、もう帰りたくて帰りたくて(笑)。手に職をつけたかった気持ちはあっても、何かできるわけではなかったんですよね。
社長さんから職人は向いてないからと、販売や企画部門をずっとやらせてもらいました。俄には20歳から27歳までいて、次の会社は半年ぐらい。そのあと大阪のA社さんに行きました。A社も今全国に店を広げて注目されています。
メーカー勤めでオリジナルブランドに慣れていたので、実を言うとA社さんで、普通の小売店さんの粗利の悪さに衝撃を受けたんです。びっくりしました。A社の売上よかったのですが、粗利を聞いた時に「そんなもんなんや小売店さんは!」と。
メーカーさんて小売店に比べると粗利が高いんです。それで、こんなに低いんだったらオリジナルを創りませんかと社内で提案したら、前向きな専務さんだったのでやりましょうと。始めてみると、メーカー勤めしている時にこんな作業をしていたなと、改めて思い出しました。
メーカーにいる時は社長のなすがままにしていて、その時はそれが普通だと思ってたんです。みんなどこの宝石店もそういうものだと。それが外にでたら結構衝撃でしたね。A社でオリジナルができてから、あちこちの宝石店さんに卸営業して、これどうしたいのですかと聞いても、なかなか答えられる社長さんがいなかったんです。
だから外に出て初めて、メーカーの社長ってすごいなと思いました。いろいろ考える社長さんて、少ないんだなと……。
――ブランド創りを自分のものにするチャンスをうまくつかんだわけですね。退社後は、何かもくろみがあったのですか?
江上 正直なところ自分でブランドをやりたい気持ちもあったのですが、資金的な問題もありますからね。しかし卸営業している時に、オリジナルを作りたいという宝石店はちょこちょこあったので、自分が作りたいブランドを、感覚が合うところを探して手当たり次第に資料を送りまくりました。
その後フォローの電話をしているうちに、偶然にも退職して1、2カ月で2社さんがやりたいと手を挙げて、ほんまに運が良かったと思うんですが、声をかけていただいて。ほんまにいいめぐりあわせで。いい形に出会えてそれは感謝しています。
――今後はどんな展開になるのでしょうか?
江上 もちろんこれからも、ある程度のところまでお手伝いをさせてもらいます。ただ、いまは同じ感覚の方向に向かっていますけど、突き詰めていくと考え方というのは、進めるうちにお互い違う部分も、絶対出てくると思うんです。私はお手伝いという立場なので、考えが違ってきた時には、ある程度先方を重視していきます。
反対に私も別会社ですから、自分自身でやりたいという感覚に、絶対なっていくと思うんです。その段階ではそれぞれの形でやっていくのがいいんじゃないかなと。それぞれしっかりした考え方をしている会社さんですから、ある程度までいったら、私の役割も終わっていいんじゃないかなと、個人的には思っているんです。
*1国際宝飾展
国際見本市主催会社のリードエグジビションジャパン㈱が開催する、買い付け、仕入れを目的にした日本最大の宝飾商談展。1月は「IJT」として東京のビッグサイト、5月は「IJK」として神戸国際展示場で行われる。
卍manji
〒604-8042 京都市中京区新京極通四条上ル仲之町577
TEL:075-241-3151 mail:info@manji-kyoto.com http://www.manji-kyoto.com

卍manji ブランドプロデューサー 江上亮氏