<再録:JAPAN PRECIOUS 2009Winter 56号掲載>
―ブランド トップインタビュー―
<ブランドの再生>
「組織の意識が変わる時は、普段では考えられないパワーが湧いてくる」
田崎真珠株式会社 取締役兼代表執行役社長 田島寿一氏
ミキモトと並んで日本の代表的なジュエリーブランドである田崎真珠。様々な経緯を経て投資ファンドOcean0309B.V.(代表Micael kim)の傘下となり、今年1月には、数々のラグジュアリーブランドの再構築に実績を挙げてきた田島寿一氏が社長に就任した。「外資系企業ばかり手がけてきたので、世界に発信できる可能性を持つ日本のブランドの仕事がしたかった」と語る田島氏。10月決算を前に、現状と今後の見通しを聞いた。
――今年1月の代表取締役社長就任後の、感想や印象をお聞かせ下さい。
田島 前職では、外資系の企業に勤めておりましたので、私にとって日本の企業で勤めるのは初めての経験でした。日本の企業はルールが明確で、規則どおりに動いており、想像していた通りという感想を持ちました。
ルールが明確な事はプラスになる点もありますが、緊急に対応しなければならない事態が起きた際に、動きがスムーズに取れず、時間的な障害になり得る場合があるというマイナス面もあります。
しかし、全て自分達で決めることが出来るという点では、日本の企業はとても動きやすいと感じています。外資系の企業では、ある程度の権限は委任されている企業もありますが、本部の承認を取らなければ、一切独断では動けないといった企業もあります。
特に、ブランドのイメージやコンセプトに大きく関わる部分に関しては、どのブランドも中央管制を非常に厳しく行っており、日本の企業が着手する事は難しい。逆に日本の会社は、根幹に関わるブランドコンセプト、ブランドビルディングに関わる部分から関わる事ができるという利点があると思います。
――就任後、田崎真珠のブランドイメージやブランドコンセプトを大きく変化させてきた印象を受けますが、その変化についての判断基準はどの様な点ですか。
田島 基本的には、田崎真珠のブランドイメージ、ブランドDNAを変えるつもりはありません。
むしろ田崎真珠が長年作り上げてきた物作りへのこだわりや消費者への誠実さ、クリエイティビティに関しては大切にしていかなければいけない部分です。
現在は、今まで田崎真珠がお客様に伝えたかったけれども伝えきれていなかったDNAを、更に分かりやすいいかたちで表現するように変化させる点を判断基準としています。例えばブランドロゴ、店内の内装の造りなど、目で見て理解しやすいように変化させる事や、お客様とのコミュニケーション方法を改善させる事などの取り組みを行っています。
――宝飾関係のブランディングは今までにもご経験があったのですか?
田島 前職でファインジュエリーの立ち上げに携わった経験があります。宝飾関係のブランディングとは扱っている物は違いますが、ブランドビジネスとしての本質は変わらないと考えています。
――ファインジュエリーも同様だと思いますが、田崎真珠の商品は比較的高額な商品が多いという点で、コミュニケーションの対象となるお客様のマーケティングもかなりセグメントされてくるのではないですか?
田島 前職でのブランドにおけるジュエリーは、ファインジュエリーライン、コスチュームライン、ビジューラインと3つのラインがあり、それぞれ使っている素材や販売価格も大きく異なりましたので、コミュニケーションの対象となるお客様のマーケティングは田崎真珠よりも複雑でした。田崎真珠は1つのブランドの中でエントリープライスポイントがありますので、マーケティングの面では比較的シンプルだと言えます。
田崎真珠のコミュニケーション方法としては、まずは商品を購入して頂き、田崎真珠のお客様になって頂く、そして長くお客様とお付き合いをする中で、少しずつ田崎真珠の高い商品も購入して頂けるよう濃密なコミュニケーションを取っていきたいと考えています。
――今回発表された新作商品は、比較的低価格帯の商品が多いようですが、コミュニケーションを重視して価格帯設定・商品製造を行ったのですか。
田島 基本的には価格帯戦略そのもの、は今までと大きく変更していこうとは考えていません。今回、低価格帯の商品を多く発表したのは、来年4月22日に銀座店のオープンを予定しており、田崎真珠のブランドを代表とするラインを新店で打ち出していきたいと考えた時に、たまたま低価格帯ラインの商品が不足していたためです。
――今回の新作商品はプラチナの商品が少なく、ホワイトゴールドの商品が多いようですが、これには何か販売戦略があるのですか。
田島 基本的にはプラチナもホワイトゴールドも、同じように大事な素材と考えています。プラチナでなければいけない商品にはプラチナを使用し、ホワイトゴールドを使ってより大勢の方に購入して頂いた方が良いだろうと思われる商品に関しては、ホワイトゴールドを積極的に使用しています。
今まではこの二つの役割を明確に意識していなかった面がありましたが、今後は価格帯ごとに素材を分けようと考えています。
――今まで様々なチャレンジをされていた田崎真珠の事業ですが、今後はどのような点に焦点を当てて、選択と集中をさせていこうとお考えですか。
田島 現在は、商品数の絞込みという点に焦点を当てて取り組んでいます。私が就任した時には約43,000点の商品がありましたが、今後は基本ラインで1,000点まで商品数を絞り込む予定です。
お客様に田崎真珠というブランドをより理解してもらおうと考えた時に、43,000点もの商品数があったのでは、何が田崎真珠らしさなのかが伝わらないと考えました。また、銀座店は田崎真珠のショップの中で一番面積の広い店舗ですが、全商品を取扱うスペースは確保できない状態でしたし、スタッフ自体も自分達が扱っている商品を覚えきれず、セールストークをするうえでもマイナスとなっていました。
今までは一つのデザインに対して様々な貴金属素材で展開していましたが、今後は一つのデザインには一つの素材を用いて、田崎真珠らしさを提案していこうと考えています。
――田崎真珠らしさというと、養殖もされている真珠とダイヤモンドに重点を置かれていますが、今後もこの二つの素材は両輪されていく意向ですか。
田島 真珠とダイヤモンドは今後も田崎真珠のビジネスの両輪と考えています。実は、真珠とダイヤモンドにはそれぞれに明確な課題があります。真珠に関しては、消費者の中で真珠は冠婚葬祭の時に着ける物で、一つ持っていれば十分だという意識がある点です。
今後は、真珠を日々のお洒落のアイテムとして使って頂くために、真珠という素材の可能性をもう少しカジュアルな方向性で広め、新しい真珠のデザインを提案し、マーケットの拡大をしていきたいと思います。
ダイヤについては、意外と田崎真珠がダイヤモンドを扱っている事を知らないお客様もいらっしゃいますので、田崎真珠でもダイヤモンドを扱っている事、また、日本で唯一のサイトフォルダーである事の認知も構築していきたいと考えています。
その点を積極的にPRしつつ、真珠、ダイヤモンド、色石の三つの素材を三本柱として今後も取扱っていきます。
――卸業の今後についてはどう展開されていきますか。
田島 当社では、東京・大阪に自社の卸チームを設けており、既製品の卸と真珠やダイヤの素材の卸をしています。素材の卸に関しては、養殖場を整理しましたので、今までの規模での活動は続けません。ダイヤについても基本的には同じです。
卸部門は小売卸としてビジネスを構築したいとは考えていますが、今後はブランド製品の卸を中心に行っていきます。フランチャイズの開拓や、百貨店、路面店、地方の有力な宝飾専門店でのコーナー構築を中心に展開していく意向です。特に百貨店でのコーナー構築を強化させたいと考えています。
というのは、消費者が新しいブランドを認知する上でのメカニズムがありまして、認知度を上げるために百貨店は非常に大きな効果があるからです。
――日本の消費者は広告宣伝において非常に成熟していますが、どのような戦略をお考えですか。
田島 広告宣伝についての田崎真珠は、まだ開発途上の状態です。まずは、純広告とエディトリアルを体系的に行っていかなければいけないと考えています。そしてそのために、コミュニケーションターゲットを明確にし、それに合わせたビジュアルなどを用意する必要があります。
特に今の田崎真珠は変化を遂げている時期ですので、非常に大きなインパクトを消費者に与えられるチャンスだと感じています。
――コミュニケーションターゲットとされている年代層は?
田島 基本は35歳から45歳位で職を持って自立し、自分の生活の構築をしておられる女性がコミュニケーションターゲットです。しかし、60代以上の方でストアロイヤリティの高いお客様も多くいらっしゃるので、今後もそのようなお客様ともお付き合いを続けさせて頂きたいと考えています。
――商品デザインについて組織的な改革等の取り組みは行っていますか。
田島 デザインに関しては、神戸と東京にあったデザインオフィスを統合し、デザイナーの感性を刺激させる事のできる土地でデザインをしていただけるよう、新しく代官山にデザインスタジオを造りました。
長年、田崎真珠でデザインしてきたジュエリーデザイナーもおりますが、今後はジュエリーデザイナーではないデザイナーさんとのコラボレーション商品も提案し、消費者や田崎真珠の社員にも新しい刺激を与えています。型にはまらず、今までに無かった切り口のデザインを作り、組織・コレクションの方向性もその様に展開しています。
また、従来の製作のノウハウにプラスして、デザイナー・販売員・工房のコミュニケーションを強化させました。
まずは、TASAKIの工房がどの様な技術を持っているのかを全社員に把握させ、実際にお客様と接している販売員が今の顧客のデザインニーズを伝えるなど、社内の風通しを良くし、社内で情報を共有する事によって、販売員・工房からデザイナーへも商品提案をする事ができるようにしました。
また、今後はメンズジュエリーも、一定量を提案しようと考えています。
――田崎真珠の社員への意識改革という点ではどのような取り組みを行っておられますか。
田島 やはり日本の会社なので、名前を呼ぶときは役職をつけて呼んでおりましたが、○○部長と呼んだ時点で、部下は言いたい事の半分も言えなくなってしまうのではないかと考えました。そこで、役職名ではなく、○○さんと呼ぶようにと提案しました。最初は社員も不慣れで、つい役職名で呼んでしまっていましたが、徐々に浸透しましたね。
また社内の風通しを良くするためにも、各事業所、各店舗をまわり、社員全員と会食をするというプロジェクトを進行中です。
宝石業界は女性の社員の比率が高い会社が多いですが、当社は、男性比率が非常に高いのが特徴です。その比率を変えていくという事は考えていませんが、女性・男性関わらず能力のある人は、もうひと回り大きいチャレンジができる機会を与え、年功序列ではなく、本当に適正のある者に高いポジションに就いて頂こうという人事制度に変えていきたいと考えています。
そのためには明確な評価制度を設けることが必要なので、来年4月からはその構築もしていこうと考えています。
――今後、海外進出をされる際に、ヨーロッパの一流ブランドに並ぶレベルまで展開する自信はありますか。
田島 はい。そのレベルに達する自信はあります。日本のブランドは日本のF1チームと同じように、車体からエンジンの設計、ドライバーまで全部日本人でなければ日本のチームとは言えないと考える方もいますが、私はそうは思いません。それぞれ国によって得意とする分野が異なりますので、日本人だけによって作られるわけでなくても良いと私は考えています。もちろんメイド・イン・ジャパンのクオリティは、大切だと思います。
日本製という物にはコアバリューがありますので、これを犠牲にしてはいけないと思います。インターナショナルな物造りの環境があって、それでも出来上がるものはメイド・イン・ジャパンという製品を作りあげて、日本の田崎真珠として海外に販売していくという方向性を考えています。そのような点を考えられるのであれば、クオリティ、デザイン、全てが揃った商品を海外に向けて提案していけるのではないかと考えています。そして、将来的には海外売上と国内売上とを半々にしていく予定です。
――中国に子会社をお持ちですが、当面は中国で展開していく予定ですか。
田島 中国の子会社も抜本的なチャネルの再構築が必要だとは思っていますが、まずは日本・中国の既存のチャネルを効率化させつつ、アメリカ・ヨーロッパへの参入方法を考えていくという形になると思います。
会社は勢いとタイミングが大事です。現在の田崎真珠は、仕事のプロセスを変えていく事が必要な時期です。実際、組織の意識が変わる時期には、普段では考えられない位の組織としてのパワーが湧いてくるものです。
先程の海外進出の話もそうですが、勢いのある時期にタイミングを逃さず、ベースとなる部分を作り上げ、良い種を蒔いておいてしまおうと考えています。
――株式上場をしている企業としては、やはり株主を意識して変革をお考えですか。
田島 アメリカなどでは、常に右肩上がりでないといけないという企業もありますが、我々の会社は、親会社のファンドがマジョリティを持っていますので、変に極端な右肩上がりであってはならないという時期を理解して頂いています。
今の田崎真珠のように抜本的な部分を変革させていく時期には、ある程度、膿を出さなければいけないと思います。そういった点を考えた際に、ファンドがマジョリティを持っていると交渉する相手が一つだけですむという利点があります。
ファンドは、我々が、抜本的な改革、つまり大量にあった在庫の整理、借入金の整理をし、きちんとブランディングをしたうえで3年後、5年後にある程度利益を生み出してくれれば良いとお考え頂いており、そういう意味でも必ず成果を出せる事業計画となっています。
(取材日2009.10.5)
田島寿一(たじま としかず)
昭和28年生まれ。東京都出身。青山学院大学卒業。ジャーディンマセソン&カンパニー(ジャパン)リミテッド、グッチジャパン:営業本部長、クリスチャンディオール:代表取締役社長、LVJグループフェンディジャパンカンパニー:プレジデント&CEOを経て2009年1月田崎真珠。